相続放棄
相続というと、土地・建物といった不動産や預金などプラスの財産を思い浮かべる人も多いと思いますが、借金などのマイナスの財産も相続することになります。その際、相続放棄は重要な選択肢の一つになりますが、決められた期限内に、きちんとした手続きが必要です。
相続放棄を行うことで得られるメリットがある一方、デメリットもありますので、相続放棄を決める前に、亡くなった人の資産内容をきちんと調べ、法定相続人の相続範囲にいる親族のことも考えた行動が必要です。

1. 相続放棄とは
相続放棄とは、「被相続人(亡くなった方)の財産を一切相続しない(放棄)こと」です。プラスの財産よりマイナスの財産が多ければ、相続放棄をしたほうがよいでしょう。
2. 相続放棄以外の選択
民法では相続について、相続放棄の他にも、単純承認と限定承認もあります。
単純承認:被相続人のプラスの財産もマイナスの財産もすべての財産を無条件に承継すること。
限定承認:被相続人の資産状況がよくわからないというケースで、「プラスの財産<マイナスの財産」だった場合、プラスの財産の範囲内しかマイナスの財産を相続しないこと。
被相続人の資産内容をよく調べ、プラスの財産とマイナスの財産の差し引きで考えます。差し引きが明らかにプラスであれば単純承認を、明らかにマイナスであれば相続放棄をしたほうがよいでしょう。
しかし資産内容がよくわからない場合があります。たとえばプラスの資産が1000万円なのに対し、マイナス資産も1,000万円くらいだろうというような場合。このような時は限定承認をしたほうが賢明かもしれません。なぜなら、債務の弁済後に財産が残っていれば、相続できるようになるからです。ただし、限定承認は相続人全員で行う必要があり、一人でも反対する人がいれば成立しません。
3. 相続放棄のメリット
⑴債務を相続しなくて済む
最大のメリットは、いうまでもなく、債務を肩代わりしなくて済むことです。
⑵ほかの相続人と関わらずに済む
ほかの相続人との関係が悪く、連絡を取りたくない場合など、自分一人で手続きを進めることが可能です。
⑶余計なもめ事をしなくて済む
相続手続きには、相続人同士が遺産をどうするか話し合う遺産分割協議がつきものですが、分割割合を巡ってもめることも少なくありません。相続放棄を行うと初めから相続人ではなかったことになるため、参加する必要自体なくなります。
⑷特定の相続人に被相続人の財産をすべて承継させることができる
初めから相続人ではなかったことになるので、財産が分割されません。つまり、相続人の人数を減らすことによって、故人が事業主の場合などは、事業承継がスムーズに進むことがあります。
4. 相続放棄のデメリット
⑴財産を相続できない
結果的に多額の相続を受け取ることができる場合でも、相続財産を一切相続できなくなります。
⑵マイナス財産がある場合、ほかの人に負担を強いることになる
相続放棄をすると、相続権は相続順位が低い人へ移ることになります。したがって、債務などはほかの人が負担することになるかもしれません。相続放棄は一人で決められるとはいえ、そのような場合にはほかの相続人と相談しておいたほうよいでしょう。
⑶撤回できない
一度相続放棄が承認されてしてしまうと、その後でプラスの財産があるとわかっても撤回できません。
※詐欺や脅迫による相続放棄と認められる場合は、撤回可能です。
⑷代襲相続できない
「代襲相続」とは、被相続人の死亡時に本来相続人となるはずだった人がすでに死亡していたなどの場合に、その子などが代わって相続する制度のことです。相続放棄では代襲相続は発生しません。たとえば祖父の財産の相続を放棄して、自分の子どもに相続させるなどの代襲相続はできません。
※相続人が欠格等によって相続人から外された場合は代襲相続が可能です。
5. 相続放棄の手続き
相続放棄をするためには、相続開始を知ってから3か月以内に家庭裁判所へ「相続放棄申述書」を提出しなければなりません。被相続人の「相続財産」を調査し、相続放棄の手続きに必要な書類(戸籍謄本など)を市区町村役場から取り寄せるなど、さまざまな手続きが必要なので、3か月は決して長い期間ではありません。相続放棄の流れに沿ってすみやかに手続きを進めましょう。
⑴相続放棄の期限
相続開始を知ってから3か月以内です。この「3か月」については初日を算入しないで計算します(初日不算入)。たとえば被相続人が亡くなったことを9月17日の死亡日当日に知ったとすると、翌日の9月18日から計算して3か月後である日(12月17日)が相続放棄の期限となります。この期間を過ぎると単純承認したことになります。資産の調査などで時間がかかる場合は、家庭裁判所に延長を請求することができます。
⑵相続放棄の流れ
基本的な流れは以下のとおりです。このうち相続放棄の期限である「相続開始を知ってから3か月以内」に行わなければならないのは、「6.家庭裁判所へ「相続放棄申述書」を郵送または直接提出」です。
- 自分が相続人であると知る
- 相続放棄をすべきか検討
- 被相続人の「相続財産」を調査
- 相続放棄の手続きに必要な書類(戸籍謄本など)を市区町村役場から取り寄せる
- 「相続放棄申述書」の作成
- 家庭裁判所へ「相続放棄申述書」を郵送または直接提出
- 家庭裁判所から「照会書」が届くので、「回答書」に記入して返送
- 家庭裁判所から「相続放棄申述受理通知書」が届く
- 相続放棄完了
⑶相続放棄の提出先
提出先は、被相続人(亡くなった人)の「最後の住所地を管轄する家庭裁判所」です。家庭裁判所であればどこでもいいわけではないので、注意してください。例えば、被相続人の最後の住所地が東京23区内だった場合は、「東京家庭裁判所(本庁)」に提出します。
6. 相続放棄の注意点
相続放棄は、基本的にはほかの相続人との相談なしに一人で決断することができますが、マイナスの財産がある場合、その負担がほかの相続人のものになる恐れがあります。
たとえば1000万円の借金(負債)をもっていた夫が被相続人であり、相続人は妻と子どもというケースで考えてみましょう。妻と子がマイナスの財産を知り相続放棄をした場合、夫の債務は夫の父母に相続されます。このことを父母が知らなかったとすれば、ある日突然、返済を求められることになります。そこで父母も含めて相続放棄をしたとしても、今度は、夫の兄弟姉妹が相続することになります。したがってこの場合、妻、子ども、父母、兄弟姉妹の全員で相続放棄する必要があるのです。ちなみに相続放棄による相続権の移動は法定相続人の相続範囲である兄弟姉妹までです(ただし、兄弟姉妹がすでに死亡していると、代襲相続して兄弟姉妹の子〈甥姪〉まで相続権が移ります)。
自分が相続放棄することで親や兄弟に影響があることを考えて選択することが大切です。さらに相続を一度放棄したら戻れないことを留意しておかなければなりません。
7. まとめ
マイナスの相続がある場合、相続放棄を検討すべきでしょう。しかし、放棄することで別の人にマイナス要素が相続されてしまうため、関係する人全員でよく相談して決断することが大切です。
プラスの相続がある場合でも、顔をあわせたくないような相続人がいる、相続争いに巻き込まれたくない等、いっそ相続放棄をしたほうがよい場合もあるかもしれません。
いずれにせよ相続放棄は一度決定すると撤回がでないので、相続放棄がどういうものなのか、メリット・デメリットを知ったうえで決断することが大切です。
